生きていく上でのハードルを下げる
なんて
考えたことも無かったわけで
それを教えてくれたのは
今通院してるメンクリにて
それが良いのか悪いのか
今もやっぱり悩んでしまうんだけど
そもそも酷い時は1年間に4回も職を変えるっていう
転職回数の多さ
人間関係の築けなさ
とにかく日々の生きづらさ
どうにもならなくて
娘の通っていたメンクリに初診予約をして
自分も通う事に
とにかく助けて欲しくてっていう、、
「ハードルを少し下げてみませんか」
の言葉に意味が解らなくて
それは自分が望んでた「普通」の生き方から
外れてしまう事なんだけど
障害者手帳の申請、、、
医師の診断書と役所の障害福祉課の奥で何十項目も日常生活や家庭環境等など聞き取りがあったような
それがあまりにもしんどい時間で
過去の蓋をしていた記憶も呼び起こして答えるっていう
なので記憶が曖昧
手帳を受け取ったあとは
メンクリからハロワの就労支援に繋いでもらって
仕事の相談
そこでシングルで収入が必要な事
対人への緊張感が強いとか色々話して
気になる事業所へ見学
気になるっていうのも、今まで経験した仕事の中で食品製造を経験していたから
A型事業所で食品製造をしているとこに決めたりとか
それもハロワの就労支援の方と一緒に見学行って体験させて貰ったり
そこから約二年ハロワの方にはお世話になるんだけど
自分の出来る範囲に合わせて
無理をさせない
対人不安が強いなら在宅勤務でもOKとか
PATM体質もある自分には
在宅勤務なんて有り難いんだけど
誰にも迷惑かけないしね
でもやっぱり孤独に陥るとか、何やってんだろって思うこと
手帳受け取った日から
今もずっとその思いは消えない
一般で働く事からどんどん遠ざかってるようで
ハードルを下げた事で生きやすくなったかと言えば
やっぱり苦しいものは苦しいし
何でこんな事になったかなって思う事はしょっちゅう
ちなみに親に伝えてなくても
障害者支援を受けてる事はバレてしまうかな
それは郵便物からなんだけど
親が理解をしてくれるならまだいい
いつまでも父の顔色伺うのもいい加減辞めたいとこなんだけど
一緒に暮らしてる以上、それは難しい
今は障害年金も決定して、事業所の給料と年金の収入とか
自分がかつてフルで働いてたのとそんな変わらない
今の生き方のほうが対人ストレスはだいぶ落ち着いてる
PATM反応を気にするのも面談の時くらい
多分変わらず一般で仕事をしてたなら、一年も続かなかった気がしてるし
毎日心折れてたのは確か
今は何だかんだで二年過ぎた
今の自分を肯定出来るかと言うと、まだ無理そうだけど
それでも二年続いてるっていう事は
自信持っていいこと
なんだとか
ハードル下げると
また見える世界も違ってくるわけで
生きやすくなるかは人それぞれ
でも色んな人の助けがあったのも確か
だからもう少し
生きてみようかと思う、、